August 6, 2006
August 5, 2005
Travel Baton
October 13, 2003
京都旅行最終日
まずは、ホテルから徒歩圏内の平安神宮へ。本殿前の広場は白い砂利が敷いてあって見た目も非常に美しいのだが、今日は激しい雨で川が流れていたりして、それどころではない。何組かいた記念撮影中の結婚式の団体も、きっとそれどころではなかっただろう。
そこからバスで銀閣寺へ。金閣寺と比べて地味な印象のある銀閣だが、建物は確かに地味なんだけど(というより、金閣が派手すぎると言ったほうが正しい)、その裏にある庭園と小高い場所から見下ろす景色はなかなか素晴らしい。特に、庭を覆いつくす苔(こけ)。苔好きにはたまらない場所だ。
October 12, 2003
行列のできる寺
午前中、子どもたちを連れて清水寺へ。清水寺の中にある「胎内めぐり」というのに入ってみる。階段で地下室のような所に入るとあたり一面漆黒の闇。左手にガイド用のロープを掴んでいるんだけれど、これを離したら自分の向いている方向も判らなくなってしまう。「前に進んでる?」「あ、あっちに灯が見えるよ」などと、お互いにしゃべりながら進まないとどの辺まで来ているのかもわからないくらいだ。部屋の一番奥に丸石があって、これをぐるりと回して、願い事をしたら来た道を戻る。下の息子は、真っ暗闇の中でいっぱいいっぱいだったらしく、石を回すだけで願い事をする余裕は無かったらしい。
October 11, 2003
そうだ 京都、行こう。
天気は朝から晴れたり曇ったりだったが、思いのほか気温は高く、Tシャツ一枚で過ごせる暑さだ。京都駅からバスに乗って金閣寺へ。「なんで1階だけ金色じゃないんだろう」「きっと金が足りなかったんだよ」などと子どもたちに解説しながら見学(それでいいのか?)。次に、徒歩でわら天神を通って北野天満宮へ移動。そこから、バスで四条河原町へ出て夕飯。合流した短大時代の友人宅へ流れる妻と分かれて、子どもたちと一緒にいろは旅館に宿泊。
February 21, 2003
スキー旅行
December 31, 2002
レゴ旅行
26日から4泊5日で San Diego と Solvang を巡る旅行を終え、昨日の夜10時頃帰宅。
今回の旅行は、前半は San Diego の LEGOLAND を丸2日間堪能し(おまけにレゴを両手に抱えるほど買ってしまい)、後半は Santa Barbara から北へ40分ほどのところにあるデンマーク村 Solvang で半日過ごした。全日程での走行距離は1000マイルくらいだろうか。
LEGOLAND へ徒歩で行ける距離にある Grand Pacific Palisades Resort Hotel は、眼下に太平洋を見下ろせる丘の上にあって施設も充実。中でも併設の地ビールレストラン Karl Strauss Brewery Restaurant での食事が良く、朝のブッフェも夜のビールも両方楽しめた。
LEGOLAND の駐車場に作られたテントの中はセール品が盛りだくさん。アメリカ代表がパッケージに使われているサッカーゲームが定価 $89.99 のところ $25。んー、これは買うしかないでしょー。っていうか、やっぱ売れてないの?
Solvang は 1911 年にデンマーク出身の3人が、アメリカでデンマークの工芸品や芸術を作るためにデンマーク様式の町をここに作ったのが始まりらしい。歩いて見て回っても1日あれば見尽くすことができるくらいの小さな街だが、あちこちにデニッシュベーカリーがあったり、キルトや食器の店があったりして、景色もすっかりデンマークなんである。デニッシュも、アメリカにありがちな甘すぎるものではなく、優しい甘さでとてもおいしく、夕飯に食べた Wiener Schnitzel (ウィーン風仔牛のカツレツ)がまたうまい。
そんなこんなで、買い物と食事でおおいに楽しんだ5日間であった。
June 13, 2002
また移動中
朝4時起床。5時に予約しているタクシーに乗るため、4時半にチェックアウトに向かうとすでにフロントに到着しているタクシーの運転手。『ひとりだけだろ?』とか言うので、上司とふたりだと言うと『聞いてないなぁ』という顔でフロントとなにやらイタリア語で喋っている。イタリアは、タクシーを予約するのに人数も確認しておかないといけなかったのか?
心配されたタクシーへのチップも、空港に到着して笑顔で『モルト・グラッチェ』と言うと運ちゃんも『おー、良いフライトを(イタリア語)』とか言いつつがっちり握手してくれ、別に渡す必要もなかった。つくづくイタリアは良い国だ。
カリアリ空港6時40分発ローマ行きアリタリア航空は予定通り到着。ローマ空港でピノキオの人形などをお土産に買ったりする。
ローマ空港9時発パリ行きアリタリア航空は予定を1時間遅れて出発。予定通り到着しても乗り換え時間1時間20分しかなかったところ、飛行機の遅れですっかり時間がなくなってしまい、さらにパリ/シャルル・ド・ゴール空港の乗り換えのわかりにくいこと…。ユナイテッドのカウンターに着いた時はすでにサンフランシスコ行きは飛び立った後だったのだった。やっぱりユナイテッドにはつくづくツイてない俺。
June 11, 2002
地中海
今日は、休憩時間の合間を縫って海岸まで行ってみることに。
朝夕は長袖でないと寒いくらいだが、昼間は少し歩くだけでじっとりと汗をかくくらい暑い。ホテルで自転車を貸してくれるようだが、自転車で行ける距離には何にも無さそう。ホテルから海岸まで連れて行ってくれるトレインが10分おきくらいに出ているので、それに乗っていくことにする。
片道10分ほどで海岸に到着。青い空、透明な海、白い砂浜。これが地中海なのか。あまりゆっくり過ごす時間もなかったので、適当にその辺を歩いて写真を撮ったりする。
まわりには家族連れや夫婦で来ている人たちが水着で遊んだり、寝転んでいたりする。が、イタリアでは基本的にぼーっとして過ごすのが、正しい休暇の過ごし方らしい。放っておけば、食事以外は一日中浜辺でぼーっとしてるんじゃないかな。日本やアメリカだと、ボートを借りたり車で出かけたり、何かしてないと時間が持たないような気がする。
June 10, 2002
ヨーロッパで盛り上がる
イタリア出張一日目。何の会議に出てるかは一応伏せておくことにするが、調べようと思えばすぐにわかるんじゃないかな。まぁ、これも会社の仕事なんで。
昨日の夕飯に飲んだ赤ワインが残り、夜中に何度か喉が渇いて目が覚める。うーむ、少し二日酔いぎみだ。初日からこれでは先が思いやられるってか。
8時過ぎに朝食を取りにレストランへ。夕飯と同じく、ビュッフェスタイルの朝食なのだが、寝不足もあって食欲なし。シリアルとフルーツにヨーグルトをかけたシンプルなディッシュで済ませる。食後のカプチーノをいただくのを忘れなかったのは言うまでもない。
さて、9時から会議開始。午前中のセッションは持ちこたえたのだが、昼食を取ってからの午後のセッションで何度か気を失ってしまう。不覚。ちなみに昼食もビュッフェスタイルだったが、昼間からテーブルに白と赤のワインがボトルで置かれていたのは言うまでもない。(自分はアルコールを見るのも辛い状態だったので飲まなかったけど、一緒に行った上司は白ワインを2杯飲んでいた。ということをここに書いたことは職場には内緒ですよ > のふさん)
昼食後に、ホテル内に設置されたコンピュータルームに IEEE 802.11b のアクセスポイントがあることを知り、早速メールのチェック。昨晩、モデムでダイヤルアップしようとしたのだが、どうやっても繋がらなかったのであきらめていたところだったのでラッキー。電話代も使わなくて済むしね。どうやら、この会議のローカルコーディネイト担当の大学側が準備していてくれていたようで、このホテルがすでにホットスポット対応になっていたというわけではないらしい。まぁ、どちらにせよ便利な世の中になったものだ。
そんなわけでメールアクセスにも不自由せず(一番不自由してるのはバッテリー稼働時間だ)、こうして日記の更新もできる。おまけに写真も付けちゃうよ。(かなり調子に乗っている奴 > 俺)
June 9, 2002
移動中(遠い…)
11時間のフライトの後、フランクフルトに到着。空から見るドイツはほとんどまっ平ら。ライン川がくねるように流れていて、それ以外は大部分が森に覆われた緑濃き土地であった。ただ、フランクフルトの中心街は高層ビルがいくつも建っていて、そこだけ都会だったけど。でもこうしてみると、ドイツには海が無いんだなぁと思う。あの実直な国民性は海が無いことに少なからず影響されているような気がするな。(じゃぁ、埼玉県民はどうなのか…)
フランクフルトでお土産を物色しつつ、ロビーのテレビに群がる人たちと一緒にトルコ対コスタリカを観戦。ドイツでもワールドカップは熱い。みんな昼間からビールを飲みながらビール観戦だ。(日曜だしね)
ちなみに、フランクフルト空港前で客待ちをしてるタクシーは、みんなクリーム色したベンツでした。あと、本屋の前にハリーポッターと並んででっかい翼君のポスターがあって、どうやら『キャプテン翼』の人気はドイツでも高いらしい。
フランクフルトでローマ行きのアリタリア航空に乗り換え。帰りはパリ経由なので、ドイツはこれでお別れなのだ。また来るのはいつになるのだろうか。そう言えば、ドイツでパスポート・コントロールを通過したが、何にも質問もされないし、スタンプも押してくれない。ちょっと拍子抜け。
June 8, 2002
ウッチャン似
というわけで、イタリア出張。
朝10時半にエアポートシャトルに迎えに来てもらう。いわゆる乗合タクシーだ。この日同乗のひとりは韓国へワールドカップを見に行くという学生で、もうひとりはビジネスで日本へ行くおじさんだった。そのおじさんは『サッカー見る時間は取れないんだけどね』と言っていたが、もともとそんなに興味も無さそうだったな。
タクシーの運転手が、『うちの隣のメキシコ人はいつもはいいやつなんだけど、メキシコの試合がテレビで放送されると友だちを呼んで夜中の2時からビール片手に外で騒いでるんだ。クレイジーだよ』と言っていた。きっと、そうやって夜中に騒いでいるメキシカンがこの辺りだけでも1万人はいそうだな。
June 7, 2002
出張準備
出張準備。
4日分の着替え、パスポートと航空券、VAIO とデジカメと充電するときのための電源プラグ。そうそう、イタリアは電源プラグの形が違うんだった。もうずいぶん前に買ったシェーバーに付属の電源プラグ変換器がこんな時に役に立つとは。後はイタリア語会話の復習だ。
アルゼンチン対イングランド。札幌に集結するイングランドサポーターとアルゼンチンサポーター。今大会、優勝に一番近いアルゼンチンと、4年前のリベンジを期すイングランドという図、おまけにメキシコ大会でのマラドーナの『神の手』と『5人抜き』のビデオを挿入するテレビ局。いろんな意味で逸話を残してきたこのカードは、いやがおうにも盛り上がる試合だと言えよう。
April 17, 2002
Rapid City 巡り
Rapid City 最終日。
なんだか、昨夜遅くにホテルの部屋の鍵をガチャガチャ開けようとする音であまりよく眠れず。起きた後も、ぼーっとしながら部屋のベッドに座って、買っておいたフルーツ缶とパワーバーで朝食にする。
Alex Johnson Hotel の1階にもレストランがあって、当然そこに注文するルームサービスなんかもあったりするのだけど、ダウンタウンの少し離れたところの Firehouse Brewing Co. もルームサービスのメニューにあったりして、Rapid City ダウンタウンのこじんまりした感じがよくわかる。
この日は、夕方16時過ぎの飛行機の時間まで間があるのでどこかで観光でも、と思ったのだが、いろいろ調べるとどうやらこの Black Hills一帯は5月から10月が観光シーズンらしく、蒸気機関車も、金鉱掘りも、巨大迷路もシーズンオフで休みだ。ううみゅ。
April 16, 2002
Badlands, Wall Drug, Denny's
Rapid City 3日目。
朝、昨日と同じようにホテルのコンチネンタル・ブレックファストで朝食。やはり、これが付いているとずいぶんゆっくりできる。自分でトースターでトーストを温めるだけなんだけど、シリアルはあるし、オレンジとアップルジュースもあるし、コーヒーもある。これで家族4人で1泊 $39 なのだから、かえって恐縮するくらいだ。
今日は、Rapid City の東に広がる Badlands National Park へ行くことにする。I-90 を走って約1時間程度。Wall という街で I-90 を降り、240号線を南に下ると Badlands National Park のエントランスゲートだ。ここで、昨日 Devils Tower で買った National Park Pass を早速提示する俺だ。ふっふっふ、これでふたつめの国立公園を巡ったと言えよう。(まだ、たったのふたつだ > 俺)
April 15, 2002
Devils Tower
Rapid City 2日目。
今日は South Dakota から Wyoming までドライブして、Devils Tower を見に行く予定。ホテルでサービスされたトーストとドーナツで朝食を済ませて、9時半頃出発。昨日は暑かったが、朝の空気はひんやりとして長袖でも寒いくらい。
ハイウェイ I-90 をひたすら西へ走る。ただの草原の中を突っ切る片側2車線のハイウェイなのだが、制限速度はカリフォルニアの広くて整備されたハイウェイよりも速い 75mph(約120km/h)だ。スバル・アウトバックのオートクルーズを80mphあたりに設定して、ただひたすらまっすぐでなだらかな道を走る。ときおり強烈な横風が車体をあおるが、ほとんど前にも後ろにも車が見えないロンリーハイウェイ状態。
10時半頃、Wyoming 州の Sundance で I-90 を降り、一般道のような14号線へ。片側1車線の対面交通なんだが、一応ハイウェイらしい。途中で山道を登ったり下ったりしながら進むと、木の向こう側に Devils Tower が見え隠れし始める。周りに高い山がないので、遠くからでもかなり目立つのだ。
近づくにつれ、段々大きく見えてくる Devils Tower に歓声を上げつつ、11時過ぎに Devils Tower の駐車場に到着。まだシーズンオフらしくゲートには人が居なかったが、Visitor Center に寄って入場料($8)を払う代わりに National Park Pass($50)を購入。これは、持っていると全米の National Park に入れる1年間有効の入場券。それぞれの国立公園の入場料は $8〜$12 程度なので、年間に5つくらいの国立公園巡りをすれば元が取れる仕組み。これを持って、今年は National Park 巡りの年にするのだ。
April 14, 2002
Mount Rushmore, Crazy Horse Memorial
今日から South Dakota へ3泊4日旅行。
朝4時起床、4時半には自宅を出発して San Jose 空港へ。6時半の Delta で Salt Lake City 経由、Rapid City へ。Salt Lake City まではボーイング737なのだが、Rapid City へ行く飛行機は50人乗りの小型機だ。なんだか観光バスのような機内だったが、揺れもなく定刻どおり到着。
South Dakota 州の Rapid City Regional 空港は、だだっ広い草原の中にぽつんとあった。カウンターでレンタカーを借りようとしたら、係りのお兄さんが非常にフレンドリーに対応してくれる。こういう土地だと、人々ものんびりとゆったり暮らしてるのだろうか。いろいろ話をしていると、彼はこの土地のネイティブ・アメリカンの子孫で、学生の頃に日本語を勉強したことがあると言う。『トーキョーはニューヨークと同じくらい都会だけど、もっと広いんだろ?』とか聞かれる。そのお兄さんによれば、ネイティブ・アメリカンの言語は子音・母音・子音・母音の順で発音するので、日本語の発音が彼等のとよく似ているそうだ。『他のアメリカ人には難しいみたいだけど、ぼくには親しみやすかったよ』とか言って笑っていた。
これから Mount Rushmore へ行くんだ、と言うと地図を広げて道を教えてくれながら、その近くにある Crazy Horse Monument という場所へも行くといいよ、と言う。Mt. Rushmore には4人の歴代大統領(Washington, Jefferson, Roosevelt, Lincoln)の顔が彫られているのだけど、Crazy Horse にももっと大きな顔がひとつ彫られているらしい。
貸してくれる車も、『ニッサンマキシマ、スバルフォレスター、アウトバック、どれでもいいよ』と言うので、スバル・アウトバック(レガシー・ランカスター)を借りることにする。力強い上に静かでなかなか良い。レガシーもなかなかやるな。









